母親になると、子供のために献身的になるのが当たり前と思われます。
自分のことを優先するような行動をとれば「母親の自覚がない」とか「母親のくせに」などと言われます。
周りが期待する母親像になれないと、「私は良い母親になれない失格者だ」なんて自分を責めてしまう人もいます。
良い母親になろうと頑張り過ぎて、悪循環になってしまうと、育児が苦痛になってしまうこともあるのです。
良い母親になれなかったことで、罪悪感を抱え続けている人に読んでもらいたいです。
母親じゃないと言われる
母親は聖母マリアのようなイメージで見られると困りますよね。
私は子供を産んですぐに離婚して、色んな仕事を掛け持ちしながらシングルマザーとして再婚するまで16年過ごしてきました。
その間には恋愛したり、子供を親に見てもらって友達と遊んでいたこともあります。
そんな様子を見ていて、親からは「母親になったのに自覚がないのか」と何度も言われました。
子供の将来のためにナイトワークを始めた後はさらにひどくなり、「子供に見せられない姿で仕事するな」とか一番身近な親から相当な攻撃を受けました。
きっと息子にも母親の愚痴を漏らしていたと思うけど、息子は私のことをひと言も責めませんでした。
ですが思春期になり、少し悪い友達と遊ぶようになった息子と親子喧嘩した時に「母親らしいことなんてしてないくせに偉そうに説教するな!お前なんか母親じゃない」と言われたのです。
そのショックは大きくて、それ以降は息子に対してどう接していいのかわからなくなってしまいました。
良い母親になれなかった自分を責めて、母親失格だと自分を追い詰めて、こんな母親はいなくなればいいのかも知れない・・。
その方が息子にとって幸せかも知れない・・と思うところまで追い詰めてしまいました。
良い母親とは
なぜ母親たちが良い母親像に苦しめられるのか、その理由を考えてみました。
例えば、歴史に名を残すような偉人には、立派な母親がいて、その母親の献身的な愛情が子供を素晴らしい人物に成長させるというような逸話が数多くあります。
それが理想の母親像と言われてしまうと、自分が同じようにできないことで母親失格の烙印を自分自身に押してしまうのでしょう。
世の中で広まっている「良い母親」ってどんなことでしょうね。
手作りの食事にこだわる
出来あいの総菜やインスタント食品を使って子供の食事を済ませるようなことは母親として手抜きだと思う人がいます。
実際に育児も家事も仕事も一人でやってみれば手作りのご飯を食べさせられない日があるのも仕方ないとわかるはずですが、専業主婦の母親が育てたような人はそう思ってくれません。
子供の健康のために食事は必ず手作りなの~♪なんて言えるママが良い母親だと思う人もいるのですよね。
女性らしさを見せない
母親になると、急に女性としての魅力を控えるように求められることがあります。
母親とは聖なる存在で、女性として輝くのはダメだと思われるからです。
地味で清楚で、セクシーとはかけ離れた雰囲気が理想の母親像。
女性がオシャレを楽しむのは、異性の目を意識するからで、母親になればその必要はなし!と決めつけてしまうのです。
母親になっても女性としてオシャレを楽しみ、美しくあり続けないと旦那に浮気されたりするのに・・矛盾だらけです。
育児を楽しんでいる
育児は楽しいことだけじゃなりません。
というか、大変なことが90%で楽しいことが10%くらいだと思います。
なのに、育児が大変だと口に出せば途端にダメ母のレッテルを貼られるのは困ります。
どんなに忙しくても、大変な時でも、笑顔で育児を楽しんでいるキラキラしたママじゃないと良い母親じゃないと思ってしまうと、どんどん育児がツラいことになってしまいます。
大きな声で叱らない
子供が活動的になると、走り回ったり、いたずらしたりと目が離せなくなります。
忙しい時に子供が言うことを聞いてくれないと、つい大きな声を出して叱ってしまうことがあります。
大きな声を出してしまったことを後悔してしまうのに、また同じことを子供が繰り返すと大きな声で怒鳴ってしまう。
子供に対していつも穏やかな声で言い聞かせられるのが良い母親のイメージですが、そんな甘いもんじゃないですよ。
自分の楽しみを諦める
子供が生まれた後は、自分だけの趣味のために時間を費やしたり、友達と出かけたりするようなことは一切諦めるのが良い母親だと言われます。
子供は日に日に成長するのだから、一緒にいられる時間は一秒でも長く作るべきだと思われるからです。
ですが母親だって子供と四六時中一緒に過ごしていれば、たまには子供と離れて自由な時間を楽しみたいと思うものです。
ですが、そう思う段階ですでに母親としてダメな人と思われるのです。
自分の楽しみ、趣味も子供を授かった瞬間に消え去るのが良い母親だと思われるのでしょうね。
ダメな母親だと開き直る
良い母親像としてイメージされることを見てみると、自分には一つもないことがわかります。
私は確実にダメな母親でした。
ですがそれでも母親をやめることはできないので、息子とは喧嘩しながら向き合ってきました。
思春期には「母親じゃない」とまで言われた息子に対して、腫れものを触るような扱いをしてしまった時期があります。
でも、どんなに嫌がられても母親であることは変わらないと開き直り、「お前の母親はダメ人間だから諦めろ」とか「親は選べないからお気の毒でした」と良い母親じゃないことを後ろめたく感じないように接するようにしました。
母親がみんな聖母のようになれるわけじゃないのだから、自分なりの精一杯でいいじゃないですか。
まとめ
私は良い母親になれないことで自分を責めた時もありましたが、ドラマや映画、小説の中に出てくるような理想の母親なんてホントにいるの?って感じです。
良い母親になろうとするプレッシャーを吹き飛ばして、ダメなところも見せられる母親になると育児も楽しくなると思います。